その7

   その7       不思議婆

 わたしは小学生の女の子です。11歳です。親友のエイちゃんと2人でコンサートに行くことになりました。あこがれのアイドルのコンサートですもの、お母さんに一生けんめいお願いして、やっとOKをもらいました。子供2人で都心までコンサートに行くなんて、ホント初めてのことです。
 でもお母さんはやっぱり心配なようです。コンサートが終わる時間には、エイちゃんのお父さんが車で迎えに来てくれることになりました。
 楽しいコンサートも終わり、エイちゃんとわたしは興奮したままコンサートホールの外で待ちました。
 「よかったよね!またコンサート来たいね~」
なんだかんだとおしゃべりしているうちに、ほかのお客さん達はどんどん帰ってしまい、たった2人取り残されてしまいました。
 「おかしいねえ・・・車混んでるのかな?」
 「・・・お父さんケータイ出ないな、困ったな」
いくら待ってもエイちゃんのお父さんは来ません。
 「エイちゃん、まだ電車あるから電車で帰ろうよ。わたし電車賃ぐらいならお金持ってるよ」
 「それもいいけど・・・ちょっとこころあたりがあるんだ」
エイちゃんはわたしの返事も待たずに、どこかへ電話をかけています。
 「これで大丈夫、今、別のお迎えが来るからね」
あんまり自信たっぷりな話し方に、わたしはちょっと安心してしまいました。

 いくらも待つことなく、そのお迎えはやって来ました。これは車なのでしょうか?わたしには、遊園地のコーヒーカップのように見えます。ピンクの花の形をしたコーヒーカップです。
 疲れきっていた2人は、迷うことなくこのカップに乗り込んでしまいました。カップはフワリと浮き上がります。なんだか妙な動きをする乗り物でした。恐くないジェットコースターに乗っているような気分になりました。でも、ゆらゆら動くジェットコースターなんてありませんよね。
 ゆらり~ゆらり~ゆらり~
 やがてあたりの景色があやしくなって来ました。それとわからないぐらいに、ゆがんでいるというか・・・。
 「まずいなあ、これって異世界だよ」
 
 やがてコーヒーカップは有無を言わさず、ある古びた宿の前に止まりました。
吸込まれるように中に入って行った2人。玄関脇には、なぜか巨大な本箱がありました。下駄箱はどこにもないようです。思わずぎっしり詰まっている本の、裏表紙を読んでしまいました。ポーの「黒猫」、これは聞いたことがあるわ。でもほかの本は知らないものばかり。「オニのしっぽ」「5次元世界のアリ地獄」・・・。
 本を読むことが大好きなわたしは、自分の立場もわきまえずこう言ってしまいました。
 「すみません。この本貸してください」
 玄関のたたきには、しなびたおじいさんが座っています。ふぉふぉっと笑うおじいさんを見ていたら、もう家に帰りたくなってしまいました。
 「本かえ?貸してやるのはよいがのお・・・まず不思議婆に会ってからじゃ」

 これを聞いたとたん、エイちゃんとわたしは金縛りにあったように動けなくなってしまいました。奥から不思議婆がやって来ます。白髪を長くたらした、着物姿のおばあさん。そんなに小さいのになんで大きいの?
 気力をふりしぼり、わたしは言いました。
「わたしたちはまだ子供で、お金なんか持っていません。もう帰らなければならないので、失礼します」
 「ふぉあっふぉあっ・・・何を言うておるんじゃ、帰れんことは、お前がよくわかっているじゃろが。金の問題ではないぞえ」
 瞬時にわかってしまいました。不思議婆はわたし達の心をのぞきこむ。その目に出会ったら、いやでも心の中にある不思議話を話さなければならないのです。ひとつ話したら、ここに1泊。もうひとつ話したらさらに1泊。
 わたしの頭の中には、不思議話が山のように詰まっています・・・。


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